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2004.05.25

スーザン・ソンタグさんの見るアブグレイブの写真

Regarding the Torture of Others ― 5月23日の The New York Times Magazine に写真家・文芸批評家の Susan Sontag さんが Abu Ghraib 収容所で撮られた拷問の写真について書いています。(同主旨で若干短い文章が5月24日の英 Guardian 紙にも掲載されています。)かなり長い文章であるので、文章に沿った要約ではなく、私の“読み”をまとめてみます。記事の紹介としてはいいやり方ではないので、私のまとめを読んでソンタグさんの文章の大意を理解したとは思わないでください。

写真と現実 ― ブッシュが「アブグレイブの写真を見て、驚き、気分が悪くなった」と語る時、問題の本質が現実ではなく写真の中にあるように表現しているようです。また、ブッシュの「遺憾である」という言葉は拷問が行なわれたことについてというより、アメリカの威信が傷つけられたことへの反応であるようにも取れます。しかし、写真に写されているのは、一収容所内での拷問ではなく占領という行為の本質的な悪であり、ブッシュ政権の政策の産物だということを忘れてはなりません。

写真と言葉 ― アフガニスタンやイラクで米軍が捕虜に対して非人道的な扱いをしているという話(言葉)は以前から出ていたのに、写真が公表されたことによって初めて政権が慌てだしたということは、無限にコピーされ流通していく写真の持つ力だと考えられます。また、この写真をめぐる言葉の問題として、ジュネーブ条約で明確に規定されている「拷問(torture)」という語が避けられ、「虐待(abuse)」「屈辱的な扱い(humiliation)」に言い換えられていることにも注意を払う必要があります。今後も「拷問」という語をブッシュ政権は避けようとするでしょう。それは、十年前、ルワンダでの内戦をジェノサイド(genocide)と呼ぶことを避け、アメリカが関わりあいを持たずに済ませようとしたことと同様です。

撮影という行為 ― 一連の写真が怖ろしいのは、拷問が行なわれたということだけでなく、それらの写真が撮られたということ、そして兵士たちが笑顔で写っているということです。弱者、自分よりも劣っていると思う者、自分とは違うと思う者に対して屈辱を与え苦しめることに何ら道義的な疑問を持たずに撮し、撮されていることに驚かずにはいられません。日常生活の中にビデオカメラなどがごく普通にあるのと同様な感覚で拷問の撮影が行なわれたと考えることもできます。

暴力と性 ― 兵士たちが罪の意識を持たずに撮影を行なったというのは、社会全体が暴力を容認し、暴力に鈍感になり、むしろ暴力を享楽として受け入れつつあることの反映だと考えられます。また、多くの写真が性的な意味合いを持っていることも、暴力と同様、ポルノグラフィが社会に溢れていることと切り離して考えることはできないでしょう。

拷問と政策 ― 捕虜の拷問は、特異な出来事ではなく、「テロとの戦い」を提唱し、「敵か味方かのどちらか」に世界を色分けしようとするブッシュ政権の政策の当然の帰結だと言えます。写真に写っているアメリカ兵は、アメリカそのもの、アメリカ人の総体だと世界の人が理解することを覚悟しなくてはなりません。また、拷問が一部の兵士によってではなく、上部からの命令なり容認を受けて組織的に行なわれていたと考えることは至極妥当に思われます。

今後の見通し ― ブッシュ政権は、できるだけ写真の公表を阻止するようにするでしょう。また、写真の報道が「自虐的である」という右派からの批判は既に始まっています。しかし、ブッシュ政権が世界を終わりのない戦争に導いたように、いくらブッシュやラムズフェルドが、あるいはアメリカが、写真から目をそむけようとしても、それは終わりなく、アメリカの姿を写し続けていくでしょう。

ソンタグさんの文章から私の読み取った点を、かなり原文とは異なる順序とまとめ方で書いてみました。正直なところ、このソンタグさんの文章は、戦争政策の批判としても文化批評としても、私にはあまり切れ味のいいものだとは感じられませんでした。それはたぶん、ソンタグさんがアフガニスタンへの攻撃を支持したことと無関係ではないでしょう。この記事の中でも依然としてソンタグさんはそれが正当だったと書いています。しかし、アフガニスタンとの戦争を肯定しつつ、イラクとの戦争を政策の誤りだとして否定するのは、一般的な市民の素朴な意見あるいは政治家や政治学者の微細な差異を重視した意見ならともかく、文化や象徴というものを考察対象とした批評としては、かなり無理のある立場にならざるを得ないのではないかと思います。また、拷問の被害者たちという点の考察が弱いことも感じてしまいます。

その一方で、昨日から今日にかけての「ラムズフェルドがイラクの米軍兵士によるカメラ付き携帯の使用禁止を発表」とか「ブッシュがアブグライブ収容所の取り壊しを発表」などというニュースに接すると、ブッシュ政権が現実を直視せず問題の本質を見誤っているというソンタグさんの分析は非常にいい点を衝いており、高く評価されるべきだとも思いました。

2004年 5月 25日 午後 09:05 | | この月のアーカイブへ

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