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2004.05.11

アブグレイブの拷問と人種差別、戦争の被害者と加害者のこと

故郷の声」に DoX さんがトラックバックしてくださった先の Negative Stories の記事を読んで、いろいろと考えました。かなり長くなってしまったので、コメントではなく、トラックバックにすることにします。

追記:私が誤解していた点を DoX さんが指摘してくださいました。この稿は、DoX さんのコメントおよび私の翌日の記事と併せてお読みください。

アブグレイブで行なわれた捕虜への拷問に関する報道に対して、DoX さんと私は、いろいろな点で対照的な反応を示したと思います。

まず、Dox さんは拷問の報道を読んで「血液が逆流しそうな思い」を感じたと書いています。一方、私は、(後になってそのことを後悔・反省するのですが)一連の写真を見た時、非常に冷淡な反応をしました。私が写真を見たのは、4月30日。その日のブログ記事で取り上げた Daily Mirror の記事を読んだ時、サイトのトップに出ていました。それとほとんど同時に、4月24日の記事を書いた時にはなぜか見ることのできなかったサイトが接続可能になっているというコメントをいただき、見たら、そこにもアブグレイブの写真が掲載されていました。しかし、私はそれについて書こうとは思いませんでした。アフガニスタンでのアメリカ軍の振る舞いなどについても聞いていましたし、パレスチナの悲惨な状況を嫌と言うほど見せてくれる Days Japan を買って読んだばかりでしたから、「またか」といった感想しかいだきませんでした。戦争や占領という暴力に対して、私の感覚は麻痺していたと言えるのかもしれません。

次に、DoX さんは、「彼女は象徴に過ぎない」ということを認めた上で、写真の女性に対する「非難を躊躇」しません。私に対する DoX さんの観察は極めて正確です。私は写真の女性を「象徴」にしたくなかったため、意図的に、元の記事でその女性の名前が使われていたところを、すべて「彼女」という言い方に変えて訳しました。この点に関しては、どの程度組織的に拷問が行なわれていたかなど、今後解明されていく事実に照らしてみなければよしあしは判断できないでしょう。もちろん、どれぐらい真実が明らかになるのか懐疑的にならざるを得ませんが…

第三の違いは次の点です。私は、私を非難する意図で DoX さんが次のように書いたとは思っていないのですが(私が鈍感であるだけかもしれません)、私が記事のなかで「まだあどけない顔をした」と書いたことに対して、DoX さんは、彼女の容貌をそのように表現する神経には「反吐が出る思いだ。そんなに白人に擦り寄りたいのか。」と書いています。(他の人も同じような表現を使っただろうと思いますから、この批判が私に向けられていると考えるのは私の自意識過剰かもしれません。)それに続けて、「あの屈辱的な行為をさせられているイラク人は俺であり、2人の子供の父で生活のために自衛隊に行かなければならなかった兄であり、あの写真はアジア人の男女に対する白人側の侮蔑の表れだ。」とも。DoX さんが拷問の被害者に極めて近く心を寄せ、いたわっていることがよくわかります。

この点については、私は確かに DoX さんとは逆に、自分の視点をアメリカ兵側に寄せました。私が記事の終わりに「中国や朝鮮半島を侵略したころの日本で“街の声”を聞いたら、きっと(このアメリカ兵の故郷の街の人たちと)同じような意見が聞けたのではないかと思ってしまいます。」と書いたのはそういう意味です。街の人たちが同じような反応を示しただろうというだけではなく、当時の日本軍がやっていたことは、今アメリカ軍がやっていることと同じなのではないか、という意味です。

この三点目については、私には DoX さんの考えがしっかりと読み取れていないのですが、DoX さんと私の間に意見の大きな相違があるという前提のもとで、私の考えをもう少し詳しく書いておくことにします。

私は、自衛隊の派遣には「加害者」の側面(不当な占領への加担)と、「被害者」の側面(アメリカの誤った政策、あるいはそれに追従する日本政府の政策に自衛隊員が巻き込まれたこと)があると考えます。これについては、DoX さんの「二本山の兄弟犬」の中にも書かれていますから、二人の意見に違いはないでしょう。私は、このうち前者を強調しました。一方、自衛隊員を肉親に持つ DoX さんは、私より強く、後者の不条理を感じていらっしゃるのではないかと思います。私が日本の「加害者」としての側面についてばかり書き、自衛隊員もまた「被害者」なのだという点に記事の中で触れなかったことは、DoX さんには腹立たしく思われるのかもしれません。しかし、私もまた「被害者」である自衛隊員たちの無事を願っていることは、昨日の記事などを読んでいただければ分かっていただけると信じています。

次に、私がアメリカ兵もしくはアメリカ人の側に視点を寄せたことに加えて、写真の中の女性を「あどけない」と表現したことですが、私は、当然のことながらアメリカ軍による拷問もアメリカ政府の占領政策も支持していませんし、性や人種を問わず人の容貌の美醜には極めて無頓着なだけですから、アメリカ人なり白人なりに媚びを売っているというのは当たらないと思います。富裕階級の白人に極めて偏って「牛耳られ」ているアメリカの政策の被害者を身近に持つ DoX さんにとっては、もどかしい表現であったかもしれないことは、私も直感的に理解することができます。

先ほど書いたように、私は DoX さんの考えをちゃんと理解できているという自信は全くありません。どうか、これをお読みになる方は、私がここで「DoX さんは…」と書いたことが正しく DoX さんの意見を反映しているとはお考えにならないでください。しかし、もし DoX さんと私の間に意見の違いがあったとしても、自衛隊の撤退、早期の占領終結を求めていくことに関して、私たちが力を合わせていくことは可能だし、やらなければならないことだと考えています。

2004年 5月 11日 午前 02:41 | | この月のアーカイブへ

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コメント

申し訳ないです(><)
「あどけない」に反吐が出るとか書いたのは
マスコミでそういう言い方をしていたのが
気に入らなくて、うにさんのエントリーに
書かれてあるものと重複していたのに
気付きませんでした。
個人的な主観で「あどけない」と思うのは
極めて正常だと思うのですが、マスコミが
「あどけない顔の」と言ってしまうと、その
イメージが定着してしまい、「こんなまだ若い
兵士が何故?」みたいに彼女だけの問題に
特化されて、その背景にまで思いが及ばなく
なってしまうと思ったんです。
特にアメリカ国民に対するインタビューで
「愚かな人の愚かな行為」と拷問をした
兵士を蔑んでいるような表現をしていたのが
気にかかりました。「こんなに無邪気に人を
拷問するなんて信じられない」という蔑みだけに
留まって、彼女という一人の人間がやった行為に
対する憎悪や、それをやらせてしまった戦争という
愚かな行為への憎悪に結びつかないで、
「一部の愚かな人間がやったこと」にしてしまうのは
あまりにも兵士や拷問の被害者に対する罪の
意識がないと思ったんです。こうやって糾弾することで、
自分を拷問の被害者の側に結び付けようとしていました。
不快な表現をどうか許してください。

反戦する側でもっと連携を強めなければならない
ということは自分も強く感じています。
うにさんは兵士側の、自分はイラク人の被害者側の
気持ちや立場を思いやっていても、どちらも同じものに
立ち向かわなければならないと思います。
拙エントリーに対して真摯に考えてくださって
ありがとうございました。

投稿: DoX | 2004/05/11 9:44:09

DoX さん、

読んでくださる人に誤解を与えるといけないので、取り急ぎ、稿の冒頭近くに注意書きを入れました。詳しくは追って、また。

投稿: うに | 2004/05/11 11:27:10

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