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2004.05.02

歴史に終焉はいつ、どのようにやってくるか

Open-ended history ― 「歴史の終焉」の著者 Francis Fukuyama さんがエジプトの Al-Ahram Weekly のインタビューに答えている。「歴史の終焉」が話題になっていたころも最近も、私は彼の意見の価値(同意によって見出す価値という意味ではなく、議論の対象としての強さや重み)が理解できていない。この一年ぐらいの間にも新聞や雑誌でフクヤマさんの論考をいくつか目にしたが、彼はイラク戦争に対してただ立ち尽くしているような印象を漠然と得ただけだった。

だから、私にはこの記事についても論じる資格がないと自覚しているのだけれど、広く世の中を見れば、さまざまな出来事に関して「名無しさん」たちが大挙して読むに耐えない言いがかりのような文章を書き散らしているわけだし、大手と言われる新聞などにもその稚拙さに驚愕を禁じ得ないような論評が掲載されたりしているのだから、私が多少の誤解混じりでこの稿を書いたとて、ネット全体のノイズ比は微動だにしないだろう。無責任なことを書くつもりはないが、ウェブログとは気楽なものである。

インタビューという形式(話し言葉)のせいか、この記事からはフクヤマさんの考えがとても読み取りやすい。そして、その言葉からは、保守派の彼もイラクやパレスチナを巡るブッシュ政権の政策へ失望感を募らせてきていることが明らかに分かる。

フクヤマさんは、予防的戦争という概念自体は有効だと考えるが、イラクにおいてそれを適用したのは失敗だったと言う。国家の運営がうまくいくためには、ほとんどの場合、民主主義が根付くことが必要になるわけである(それが歴史の終焉でもある)が、イラクでこれを武力で推進しようとしたのは無理だったと考える。パレスチナの問題に関しては、パレスチナ自治政府が十分に民主的ではないことを言い訳にして十分に問題解決への努力が払われていないことを強く批判している。中東全域にも言えることだが、何もせずに民主化を待っているだけでは、全く問題の解決にならない。そして、そのような態度が中東でアメリカの信頼性を著しく損なっていると指摘している。中東地域の民主化にも長い時間がかかるだろうが、アメリカの外交政策を変えるにも、同様に長い時間がかかるだろうと、かなり悲観的な見通しを与えている。クリントン政権下でのパレスチナ・イスラエル間の合意は、彼の予想を遙かに上回るものであったことを率直に認めた上で、合意が崩壊したのはパレスチナ、イスラエル双方の現実主義の欠如が原因であるとする。イスラエル内の極右勢力を最終的にはシャロン政権が懐柔(ヤシン、ランティシの暗殺もその例だとする)によって押さえ込むだろうと予測している。イスラム世界の「現代化」に関しては、イランの Abdolkarim Soroush 氏のような努力によってイスラム信仰と現代民主主義の調和が進むことに期待を表明している。

パレスチナ問題の早期で公正な解決を主張し、それが中東地域全体によい波及効果をもたらす最善の方法であるとしている点で、彼は「善良なネオコン」であると言えるのではないかと思う。イスラエル軍の戦車の砲が向けられ、自治区域内が数多くの検問所によって分断されたままの状態で自治政府によりよい運営能力を期待することの妥当性や、中東諸国の独裁政権へのアメリカ外交のあり方をより具体的に批判していない点、イラク戦争が間違いであると認めたものの、今この時点でアメリカが何をすべきかに言及していない点などで、難が認められるとは思われるが、フクヤマさんがアメリカ政府の右寄りの政策立案を担う識者たちの間でそれなりの影響力を持っているのであれば、ぜひとも彼らにもこの記事を読んでもらいたいと私は思った。

あるいは、ネオコンの間にもブッシュ政権と距離を置こうとする動きが広がっているのだとすれば、ブッシュ政権追随を旨とする「日本のネオコン」小泉・安倍路線は、遠からず自分たちが“置いてけぼり”を食わされて慌てる日が来ることを覚悟するべきであろう。

2004年 5月 2日 午後 12:15 | | この月のアーカイブへ

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受信: 2004/05/04 9:34:35

コメント

うにさん、おはようございます、

貴重な情報をありがとうございます。アラブ系の新聞にフクヤマが応えているということ自体興味深いです。(そのせいか、英語がよみやすくてうれしかったです。)

昨日ようやく「歴史の終わり」を読了した所です。いま下巻を目の前にこのコメントを書いております。この本は、単にフクヤマの主張、考えを伝えてくれただけでなく、さまざまなヒントを私にくれました。良い読書体験、良著というのは、期待しつつ裏切られ、裏切られつつ期待に応えられるという、ある意味では対話のような性質をもつものだと思います。その意味で、とてもよい読書体験をもてました。

フクヤマを読みながら、イラクの情勢を見て、miyakodaさん(http://miyakoda.jugem.cc/?eid=15)とかとも"Nation Building"ということの大事さを議論(?)しておりました。ぜひ新しい著作も読んでみたいと思っております。

ちなみに、いま私は37才です。フクヤマが「歴史の終わり」を書いたのも彼が37才のときだそうです。少々、あせりを感じております。

投稿: ひでき | 2004/05/04 9:48:52

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