2016.06.18

お別れ

ちょうど一か月前、ほぼ19年間いっしょに住んできた猫のウニが息を引き取りました。軽い気持ちで韓国語の名前を付けた恩姫ちゃんですが、光州事件の記念日に死んだのは、何かの因果なのかもしれません。

表情豊かで、意志が強く、賢い猫でした。いっしょに生きられて幸せでした。

別れて、時間が経つにつれ、不在に慣れていく反面、さびしさも募ります。幼いころ、親が病に斃れた時にも感じたあの気持ちを、この歳になって、再び経験しています。

今の私と同じように愛しい存在を失い悲しむ人たちに連帯するとともに、いとも簡単に戦争だの死刑だのを主張して、その結果、だれかが傷つくことに思いを馳せない人たちのためにも、「汝の敵を愛せよ」の教えの正しさを信じて、祈ります。

写真は、一年半ほど前のうにちゃんです。病気の新しい治療を始めて、すこし健康を取り戻していたころです。この後、少しずつ痩せていきました。死ぬ前日まで、一生懸命、階段を登ったりしていました。

2016年 6月 18日 午後 11:10 | | コメント (5) | トラックバック (0)

2016.03.12

豊島にも行った

小豆島の隣の豊島《てしま》にも寄りました。朝のフェリーで小豆島から渡って、昼過ぎのフェリーで帰るため、ほんの数時間の滞在で、行ったのは産廃のところだけです。

四半世紀前に明るみに出た豊島の産業廃棄物不法投棄問題。当初60万トンほどと思われていた産廃は、今では90万トン以上あったと推定されています。公害調停によって始められた対策によって、これまでに9割近くの処理が終わったそうです。廃棄物そのものの処理はあとちょうど1年で終わるけれど、汚染された地下水の浄化にはさらに十数年かかるだろうと言われています。

…といった話を、香川県直島環境センター豊島分室の職員のかたから伺いました。本当は廃棄物対策豊島住民会議を通じて見学を申し込み、住民運動の側からのお話も伺いたかったのですが、私が問い合わせるのが遅すぎたため、予約が間に合いませんでした。なので、私は豊島の産廃問題の全体像を把握できたとは言えないと思います。

ものをどんどん作って、便利さを追求し、その後のことを考えない社会全体のありかたとか、自分個人のレベルのこととして、できるだけゴミを出さないように生活しなくてはいけないなあとか、放射性廃棄物などは再処理とか無害化もむずかしいのだから、原発を動かして、そういうものを作り続けて、本当に大丈夫なのだろうかとか、いろいろなことを考えさせられます。

見学の後、豊島をぐるっと一回りしてみました。とても美しい島です。問題が起こった時の、市民の悲しみや怒りはどんなに強かったことだろうと思いました。

2016年 3月 12日 午後 10:57 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2016.03.10

小豆島に来た

私が最も敬愛する作家、黒島伝治の故郷、小豆島に来ています。

私、10年ほど前だったでしょうか、黒島の小説『武装せる市街』の初版本を古本屋で見つけ、買い求めました。1930年に出版され、すぐ発禁になった本です。

でも、私が持っていても何にもならないので、小豆島町立図書館に引き取っていただきました。

(1年ぶりの投稿で、やりかたをすっかり忘れてしまっています。)

2016年 3月 10日 午後 08:13 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.03.09

50年を受け継いでいく

人生の長さを3等分すると、私はそろそろ最後の3分の1に入っていくことになります。まあ、そもそも、あらかじめ分かっている長さの人生を生きられるわけでもないのですが。実は、この間も、死にかけました…

Memphis, Tennessee by Jasperdoで、いずれにせよ、先はそう長くもないし、死んだ後に遺された人に迷惑をかけるのもよくないと思い、このところ、ものを買うのをかなり控えています。ここ半年余りで買った本は3冊だけです。

1冊は Martin Luther King, Jr. 師の Stride toward Freedom という本です。私たちの国でも「自由への大いなる歩み」という題で以前は岩波新書から出ていて、私も高校のころに読みました。アメリカでの出版は1958年。岩波の翻訳はその翌年に出たようですね。ペーパーバックは、1960年に出たそうで、私は古本屋で見つけた1964年発行の第3刷を買いました。1ドル50セントでした。

上に書いたように、私は本の購入をなるべく控えているのですが、この本を手に取った時、表紙の裏に、「ビルへ ありがとう 前途を祝します いつまでも ノーマとジョージより 1965年」と書かれているのを見て、すぐさま、買うことを決めました。友人への感謝の気持ちを表わすためにキング牧師の本を贈った人たちと、50年の時を隔てて、私は心が通わせることができる気がしたのです。

50年前。私はもう生きていたわけですから、それはほんのわずか昔であるととも言えます。しかし、ほとんど何も覚えていないわけですから、遠い昔でもあります。私は、当時のほんのわずかな記憶や、それに続く時代のかなり鮮明な記憶をこれから来る人たちに語り継いでいく責任が自分にあると考えています。

生き証人とか語り部と呼ばれる人たちから昔のことを直接聞けるのは50年ぐらいの時間が一つの限界だと感じます。もちろん、百歳になっても健康を保ち、幼いころのことを教えてくれる人もいるでしょう。でも、私は、そんなふうにはなれそうにありません。

また、私たち人間は、自分の声をより遠くまで届け、より長く残すために、文字を作り、本を書いてきました。しかし、活字の力をもってしても、書かれた記録も散逸したり死蔵されたりしていってしまいます。社会全体で、50年もの時が経つと、昔のことを思い出し、それを通じて、表面的な変化に隠れて今にも脈々と続いている問題について学ぶということが難しくなっていくと思います。

人間が知識や情報を受け継いでいくサイクルとして、50年は一つの限界だと私は思います。これを、例えば、70年を単位にした場合、将来に向けて伝えていく営みは、とても大きな障害に直面すると私は考えます。

このことを理由に、私は、今、政府が行なおうとしている著作権保護期間の延長に強く反対します。これまで、私たちの国の書籍の著作権保護期間は、著者の死後50年でした。半ば秘密裡に行なわれてきたTPP交渉の中で、それが70年に伸ばされようとしています。

社会は歴史を踏まえて紡いでいくものです。そのために、思いを受け継ぐサイクルとして、70年というのは長すぎます。

私は、著作権保護期間の延長に反対します。

写真は Jasperdo さんが CC-by-nc-nd で公開しているもの。

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2015年 3月 9日 午前 12:00 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2015.03.08

セルマから50年

米国南部のアラバマ州セルマで行なわれた「血の日曜日」50周年記念式典の中継を見ました。1965年3月7日のセルマ。アフリカ系市民の投票権確立を求めて行なわれた公民権運動の一つの里程標です。

We Shall Overcome! (Edmund Pettus Bridge) by Eneas De Troya行進の行なわれた橋のたもとで開かれた式典では、ちょうどその年に生まれたアラバマ初の黒人女性議員 Terri Sewell さん、自らもその日に橋を行進したジョージア州選出議員の John Lewis さん、そしてオバマ大統領が話しました。公民権運動という反体制運動が社会をよい方向へ変えたこと。その努力は、近年のアラブの春やウクライナのユーロ・マイダン運動にまで勇気を与えたこと。そして、差別や偏見との闘いは、依然として道半ばであることが語られました。「私たちは歴史を大切にするが、過去に戻りたいわけではない」という言葉を聞きました。

私にはアメリカを手放しで賛美するつもりは全くないのですが、私たちの国の状況を振り返った時、その対比には絶望に近いものを感じてしまいます。私たちの周りで急速に高まる、権力に抗う者を冷笑する閉塞感、誇りを護ると称して過去の自分たちの過ちを糊塗しようとする不誠実さ、自分たちと異質な者に対する憎しみや不遜さは、いったいどうしたらよいものでしょうか。

Selma の Edmund Pettus Bridge の写真は Eneas De Troya さんが CC-by で公開しているもの。

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2015年 3月 8日 午前 07:28 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2015.01.29

青空文庫はいいね!

青空文庫に新たに収録された作品の情報を Facebook に自動的に投稿する実験を始めました。

https://www.facebook.com/aozorabunko.shinchakujoho というページに、日本時間で午前4時ごろになると思いますが、その日に公開された作品の著者、作品名、冒頭の抜粋、そして図書カードへのリンクが表示されます。このページは Facebook を利用していない人でも見ることができると思いますが、自分のアカウントにログインした状態でこのページを「いいね!」しておくと、友人たちの近況報告に混じって、タイムラインに青空文庫の作品が並ぶと思います。

もしかすると、私が知らないだけで、ほかにどなたかが既にやっていることなのかもしれません。また、私はあまり Facebook のことに詳しくないので、質問や要望をいただいても、なかなか対応できないと思います。すみません。

手持ちの情報(下記のRSS)+外部の仕組み(Hootsuite というサービス)の利用で作ったので、私自身、表示のされかたなどにいささか不満があるのですが、まあ、動いているし、いいか、と思っています。フィードからFacebookへ投稿する仕組みは、いくつか試してみたのですが、一つひとつ挙動が異なり、戸惑うばかりです。

見栄えの問題だけではなく、作品の中には差別的な語句が使われているものもあり(青空文庫では、各作品の図書カードにその旨を記載した上で公開しています)、作品冒頭からそういう言葉が出てきた場合、本文抜粋の中にそのまま表示されてしまうのは問題だと思っています。やっぱりこれは望ましくないなあ。ふだんから人を蔑んだり罵倒したりする人は何も違和感を感じないのでしょうけれど、できるだけそういう人とのお付き合いをご遠慮申し上げてきた者としては、突然、自分のタイムラインで忌まわしい単語を見せられると、とても悲しくなります。

私、いちいちサイトを見に行かなくても、身近な生活の中に自然に青空文庫が入ってくるような世界を夢見て、新規公開作品の情報配信には、わりと長く取り組んできました。今回のものを含め、以下の形態で運営しています。

本当のことを言うと、今、青空文庫に必要なのは、こうやって利用の間口を広げることではなくて、入力や校正に伴う連絡やファイルのやり取りとか毎日の公開に向けた準備作業に携わることなのだと思います。活動に関わったことのある人ならご存知だと思いますが、これらの膨大な作業をごく少数の献身的な人たちが担っています。本当に頭が下がる思いです。

富田倫生さんが亡くなった時、私ももっと活動に関わろうと心の中で約束したのですが、恥ずかしいことに私はそれを果たせていません。思い起こすと、生前の富田さんは、ファイルの変換、旧漢字ファイルの校正支援、校正前後の差分表示など、実務に使えるプログラムを私が作った時には手放しで喜んでくれたのですが、フィード配信とかはあまり評価してくれませんでした。もっと実務に関わってくれればいいのに、と思っていたのでしょう。

というわけで、罪滅ぼしのために、現在、以前作った校正支援ツール(バグがあります)の改訂と、事務方がファイルを受け取った際に行なう点検(いわゆる「青空文庫形式」の書式の整合性とか、機種依存文字の混在とか)の自動化ツールの作成に取り組んでいます。文字コード(符号化)の深淵をのぞき込んで、立ちすくんでいます…

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2015年 1月 29日 午後 01:35 | | コメント (0) | トラックバック (1)

2015.01.22

To Jihadis - 聖戦を戦う人たちに

It is wrong to take someone hostage to punish someone else. For this simple reason, those two hostages in your hands need to be released. The world has had too many cases of collective punishment. I am against any forms of retaliation by association.

It is also wrong to put a $100 million price tag on somebody on the one hand, while you treat the lives of thousands of your neighbors as if they are totally worthless on the other. I believe in the fundamental equality of all human beings, and therefore I resent your complete disregard of fairness.

It is again wrong to resort to provocation. You think our prime minister has made a stupid decision. What makes you think that he won't make yet another bad decision and try to avenge himself - causing innumerable collateral damage to your sisters and brothers, daughters and sons?

And I think it is absolutely wrong that you are doing what your God does not want. But let me assure you. Your sisters and brothers in faith will not suffer from your actions. I will walk with them. I promise.


だれかを罰するために他の人を人質に取ることは間違っています。ですから、あなたのもとにいる二人の人質は解放されるべきです。世界の歴史は連帯責任とやらに満たされてきました。しかし、私はすべての集団懲罰に反対します。

ある人に1億ドルもの値札を付け、その一方で自分の隣人を全く価値のない人のように殺すことをためらわないのも間違っています。私はすべての人が根本的に同じ価値を持っていると考えます。ですから、あなたが公正さを全く無視していることに憤りを感じます。

挑発に訴えることもまた間違いです。あなたは私たちの首相が愚かな決断をしたと思っていますね。なら、なぜ彼がまた判断を誤り、復讐をしようとして、その過程であなたのきょうだいや子どもたちが数多く犠牲になることがないと思うのでしょうか。

そして、私は、あなたがあなた自身の神が望まないことを行なっていることは全く間違ったことだと考えます。しかし、これだけは言っておきましょう。私はあなたと同じ信仰を持つ人々を恨みません。私はその人たちに寄り添います。このことは約束しましょう。

2015年 1月 22日 午後 01:49 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2014.12.30

米国で稼働42年の原発が閉鎖

Vermont Yankee Nuclear Plant Powers Down - アメリカ北東部のバーモント州で原子力発電所が恒久的に稼働を停止しました。

by James Ennisバーモント州、ニューハンプシャー州、マサチューセッツ州の州境近くにあるバーモント・ヤンキー原発は1972年に送電を開始した沸騰水型原子炉です。東電福島第一原発とほぼ同じ設計だと聞いています。一時期はバーモント州で使われる電力の3分の1を供給していました。

日本で福島の核災害が起こっていた、まさにその時に、アメリカ政府の原子力委員会が認可を延長し、大きな論議を巻き起こしていました。今回の閉鎖にあたり、ヤンキー原発を運営している Entergy 社は、安全性ではなく、天然ガスの価格が下がったことなどを理由として挙げていますが、別の言いかたで言えば、原発は割に合わないということだろうと思います。

発電所で働いていた人たち数百人が雇用を失なうなど、経済的な影響を懸念する声もありますが、稼働の継続を求めていた一部の人たちも、内心ほっとしているところもあるのだろうと察します。

私は学生のころ、この原発から60キロぐらいのところ、原発が面するのと同じ川の下流に住んでいました。私にとっては故郷と言ってもいいくらいの地です。美しいニューイングランドに暮らす友人たちの脱原発を心から喜びます。

写真は James Ennis さんが CC-by-nc で公開しているもの。東電福島第一原発の破局的な事象から1年後に開かれたバーモント・ヤンキー原発閉鎖を求める集会で見られたプラカードです。

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2014年 12月 30日 午後 12:06 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2014.12.27

公園を閉ざさないで。心を閉ざさないで

渋谷区のウェブサイトから下記のメッセージを区長に送りました。

by brandon shigeta区長への手紙専用フォーム

件名:【必須】
公園の閉鎖について

内容:【必須】
年末年始の期間、宮下公園等の施設が閉鎖されるという報道を目にしました。閉鎖により、野宿者の命を支える炊き出しができなくなると聞いています。

私は現在は渋谷区内に在住しておりませんが、生まれ育ったのは渋谷です。今回の利用停止措置には同じ街に生きる人たちへの思いやりが感じられません。冷たい街になってしまったものだと悲しく思います。私自身のふるさとがなくなってしまったような思いです。

寒い冬です。野宿をする人たちの多くは、社会のさまざまな網の目をすり抜けて、今いる場所にいるのだと思います。年の暮れ、そして新年は、恵まれた者にとっては、せわしく、また晴れがましい日々ですが、住む処を持たない人々にとっては、役所も閉まり、心細い時間だろうと思います。それをなんとかしようと考え、手をさしのべようとする人たちの善意に託し、一人ひとりの命を大切にする渋谷の街をどうか作ってください。

写真は brandon shigeta さんが CC-by-nc-sa で公開しているもの。

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2014年 12月 27日 午後 01:22 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2014.12.18

アメリカとキューバが国交再開へ

アメリカのオバマ大統領がキューバのラウル・カストロ議長が両国間の関係正常化を表明しました。

Havana Viejaアメリカ側からは、経済封鎖が効果をあげなかったからというのが政策転換の大きな理由として挙げられていますが、アメリカによる貿易の制限でキューバ経済が極度に困窮していたこともまた事実です。物品の流入で貨幣の価値が急速に変動し、人々の日々の暮らしが耐えられるのかという心配があります。自由が制限されていたことも事実です(旅行者として見る限り、社会主義ではない国でもっと不自由そうなところはたくさんありましたけれど)。たがが外れてしまい、社会の編み目が完全に崩壊してしまうことだって考えられます。

私たちの国での報道ではおそらく見逃されてしまいがちになるだろうと思われる点を書き留めておきます。オバマ大統領のスピーチの11分30秒ぐらいから13分30秒ぐらいのところ。キューバの人々のあいだにかつて自分たちを植民地支配した大国がまた自分たちの将来を左右しようとしているという警戒感があるという認識を示し、両国の間の過去を消し去ることは決してできないと誠実に非を認め、力を合わせて過去を乗り越えていこうと呼びかけています。

私たちの国もまた、全く正常な関係を築けていない国や、とてもぎこちない関係に陥ってしまっている国々と隣り合わせです。全体主義者たちが主導した戦争が終わった後、私たちはアメリカから自由と民主主義を学んできました。今日という大きな歴史の転換点にアメリカからまた何かを学ぶとしたら、経済制裁という外交政策の不毛はもちろんのこと、オバマ大統領が示した過去と率直に向き合う姿勢にも目を向けなくてはならないと思います。

写真7年前にハバナ旧市街で撮ったものです。

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2014年 12月 18日 午前 07:44 | | コメント (1) | トラックバック (0)